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厳島神社 ― 浮かぶ社殿に秘められた千年の物語

by MJ編集部

1. 概要

瀬戸内海の穏やかな波間に浮かぶ朱色の社殿。その勇姿は、多くの訪問者の心を虜にしてきました。広島県廿日市市の宮島に鎮座する厳島神社は、単なる建造物ではなく、日本人の精神性そのものを映す鏡のような存在です。

潮が満ちるとき、社殿は海に浮かび、潮が引くとき、その全貌は砂浜に現れる。この自然との調和は、古来より人々に畏敬の念を抱かせてきました。厳島神社の大鳥居が朝日に照らされる瞬間、あるいは満月の夜にその姿を映す刻、訪れた人々は皆、時を超えた何かに触れたような感覚に襲われるのです。

千二百余年の歳月を重ねながらも、なおその優雅さを失わぬ社殿。それは、職人たちの技と心、そして幾世代にもわたって受け継がれた想いが織り成した、日本文化の最高傑作といえましょう。


2. 基本情報

  • 正式名称:厳島神社(いつくしまじんじゃ)
  • 所在地:広島県廿日市市宮島町1-1
  • 建立時代:推古天皇時代(593年頃)の創建伝承。現在の社殿は平安時代・仁安3年(1168年)頃の建立
  • 建立者・再興者:推古天皇により創祀。平安時代末期に平清盛が大規模な造営・改築を行い、現在の姿へと生まれ変わらせた
  • 建築様式:寝殿造(しんでんづくり)—平安時代の貴族邸宅建築の様式を神社建築に応用したもの
  • 主要建造物:本殿、幣殿(ひれでん)、拝殿、楼門、舞台、回廊、大鳥居(おおとりい)
  • 使用主要材料:檜(ひのき)、松材。
  • 文化財指定状況:国宝指定(本殿・幣殿・拝殿、楼門、舞台、回廊ほか多数)、重要文化財指定(五重塔、多宝塔、豊国神社など周辺施設)
  • 世界遺産登録:1996年12月—ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」として登録。日本国内では8番目の世界遺産
  • 宗教的属性:神道。祭神は宗像三女神(むなかたさんめがみ)—田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
  • 年間参拝者数:約480万人(2023年)。日本を代表する観光地の一つ

3. 歴史と制作背景

厳島神社の由来は、推古天皇の時代にまで遡ります。地元の豪族・佐伯鞍職(さえきくらもと)が、この島に神霊の降臨を感じ、社を建てたと伝えられています。当初は島全体が信仰の対象であり、神聖な場所として人々に大切にされていました。

しかし、現在私たちが目にする壮麗な社殿の姿は、平安時代末期に平清盛によってもたらされました。仁安3年(1168年)、平清盛が厳島神社に参詣した際、その光景に感銘を受けた彼は、多大な寄進を行い、社殿の改築と増築を命じたのです。この時期が、厳島神社が現在の姿へと生まれ変わる転機となりました。

当時の平清盛は、日宋貿易の仲介者として莫大な財富を手にしており、その権力の絶頂期にありました。彼が厳島神社に傾注した想いは、単なる宗教的信仰だけではなく、その権勢を示す象徴としての役割も担っていたでしょう。同時に、瀬戸内海を支配する平氏の総本山として、また海上交易の安全を祈念する聖地として、厳島神社は文化的な重要拠点となっていったのです。

平清盛によって造営された寝殿造の建築群は、当時の最先端の建築技術と美学を結集したものでした。彼は、貴族の邸宅に使用される格調高い建築様式を、神社建築に取り入れることで、神聖性と美学の融合を目指したのです。また、社殿を海に浮かべるという大胆な発想は、水による清めの思想と、自然との共存という日本古来の信仰観を体現するものでもありました。

その後、南北朝時代の兵乱や戦国時代の動乱を経ながらも、厳島神社は幾度となく修造を繰り返しました。各時代の有力者たちが、この神社を保護し、改修してきたのは、それだけこの場所が日本人の心に深く根ざしていたからに他なりません。江戸時代には多くの参詣者が訪れるようになり、やがて日本を代表する霊地へと昇華していったのです。


4. 建築的特徴と技法

厳島神社の建築様式である「寝殿造」は、平安時代の貴族邸宅を代表する様式です。中央に寝殿(社殿)を配置し、左右に廊舎を配し、さらに楼門や舞台といった付属施設を備えています。この配置は、単なる機能的な配慮だけではなく、宇宙の秩序、四方八方に広がる世界観を建築に落とし込んだものなのです。

本殿は、木造の純粋な日本建築として、その匠の技を最大限に発揮しています。使用される木材は、樹齢数百年の檜が厳選され、継ぎ目のない精緻な接合技術により、釘をほとんど使用せず組み立てられました。この職人技は、現代のプレカット技術をもってしてもなお、その完全性を再現することが難しいほどです。

社殿の柱や梁には、精密な装飾彫刻が施されており、極彩色に彩られた文様は、当時の色彩美学を今に伝えています。朱色の塗装も、単なる装飾ではなく、朱色が神聖さを象徴する色として、古来より日本建築で珍重されてきた伝統の表れなのです。

最も注目すべき建築的工夫は、海上に社殿を建てるために施された基礎構造でしょう。松材を海底に打ち込み、その上に石垣を積み、さらに厚板敷きとするという多層構造により、潮の満ち引きによる荷重の変化や塩分による腐食に対応してきました。このような土木技術は、平安時代としては極めて高度であり、現在でもその耐久性は多くの建築家から賞賛を受けています。

また、社殿と陸地をつなぐ長廊や、参拝者が通る通路は、潮による水の流れを計算して設計されており、自然の摂理と人間の活動をみごとに調和させた知恵の結晶といえます。こうした細部にわたる思慮深さが、厳島神社を単なる宗教施設から、建築の理想形へと高めているのです。


5. 鑑賞のポイント

厳島神社を訪れる際、最も美しい風景を目にするのは、潮が満ちている時間帯です。可能であれば、事前に潮汐情報を確認し、満潮時刻の前後1時間程度の時間帯を選ぶことをお勧めします。その時間帯には、社殿が本当に海に浮かぶ姿を目にすることができ、多くの参拝者が感涙にむせぶほどの光景が広がるのです。

季節による表情の違いも、この神社の大きな魅力です。春の桜が舞う季節には、淡いピンク色の花びらが海面に散り、朱色の社殿との対比は、日本的な幽玄の美を最も象徴する風景となります。夏の青々とした海と、透き通った空の中で輝く社殿は、清涼感に満ちています。秋には、対岸の紅葉が水面に映り、冬の澄み切った朝には、朝霧が社殿を幻想的に包み込むのです。

建築美を味わうコツとしては、異なる距離から社殿を眺めることが重要です。参拝路から見た正面の荘厳さ、回廊を歩きながら左右の角度から見た流麗さ、さらに大鳥居から社殿全体を俯瞰したときの調和の美。こうした多角的な視点は、建築の完成度を深く理解させてくれます。

また、細部の装飾にも目を向けてください。欄干の透かし彫り、柱の繊細な彫刻、あるいは色褪せた極彩色の文様といった細部には、職人たちの心遣いと技術が凝縮されています。これらを見つけ出すことは、歴史の深層に触れることでもあるのです。

実際の見学では、早朝の参拝をお勧めします。観光客が少ない時間帯に、静寂の中で社殿と向き合うと、千年以上前の人々の想いが、今この瞬間に生き生きと甦るような感覚に襲われるでしょう。そうした瞬間こそが、真の文化体験といえるのです。


6. 歴史的逸話と記録に残る出来事

平清盛による造営と信仰の深さ

仁安3年(1168年)、平清盛は厳島神社を参詣しました。この時期、清盛は日宋貿易を通じて莫大な財を手中にし、太政大臣という最高位の地位にあったのです。厳島神社の優雅な社殿と、瀬戸内海を支配する者としての信仰心が相まって、清盛は大規模な造営事業に乗り出しました。

『平家物語』の記述によれば、清盛は社殿の造営に惜しげもなく資金を投じ、当時の最先端技術と建築美学を集結させたとされています。彼が寝殿造(しんでんづくり)という貴族邸宅の様式を神社建築に導入したのは、海に浮かぶ社殿という大胆な発想と相まって、日本建築史における重要な転換点となったのです。『平家物語』では、清盛がこの神社を日本を代表する聖地として位置づけようとした意図が、随所に記されているのです。

清盛の造営事業により、厳島神社は瀬戸内海最大の信仰拠点となり、その後の幾世代にわたって、武士階級から庶民まで、あらゆる階層の参拝の対象となっていきました。

南北朝時代の兵乱と社殿の危機

室町時代に入る前の南北朝時代(14世紀中盤)には、日本全体が激しい内乱に見舞われました。瀬戸内海も戦場となり、幾度となく兵火によって社殿が危機に晒されることになったのです。しかし、地元民や信仰心の厚い武士たちの努力により、社殿は何度も修復され、その火を守り続けられました。

『厳島神社古文書』に記された記録によれば、この時期に行われた修造が、現在も社殿の構造に反映されているとされています。すなわち、単なる平清盛による建造物ではなく、その後の時代の職人たちが、守り・改め・継ぎ足していった、多層的な歴史の集積であることが明かされているのです。

豊臣秀吉による保護と千畳閣の建立

戦国時代末期、豊臣秀吉は厳島神社に強い関心を示しました。秀吉自身が参詣し、その壮麗さに感銘を受けたとされています。彼は社殿の維持と保護に力を注ぎ、新たに千畳閣(豊国神社)の建立を命じたのです。この建築は、秀吉の厳島神社に対する敬意と、その権勢を示す象徴として機能することになりました。

秀吉の時代の修造により、厳島神社は戦国の乱世の中にあっても、その聖地としての地位を確固たるものにしていったのです。

江戸時代の参拝ブームと信仰の民間化

江戸時代に入ると、厳島神社は日本全国から参拝者を集める聖地へと昇華しました。『江戸名所図会』には、多くの参拝者が訪れる厳島神社の景象が描かれており、その人気の高さがうかがえます。この時期、庶民による参拝が急増し、参拝ガイドとなる案内書も多く刊行されるようになったのです。

また、江戸時代を通じて、社殿の定期的な修造が繰り返され、その維持管理体制が確立されました。これが、今日に至るまで社殿が劣化することなく保存されてきた基礎となったのです。

明治時代の文化財指定と近代化

明治時代に入り、日本の文化財保護制度が整備されると、厳島神社は早期に国宝指定を受けました。これにより、学術的な調査が行われ、社殿の正確な歴史と構造が明らかにされていったのです。同時に、近代的な保存技術が導入され、文化財としてのさらなる安定化が図られました。

平成・令和における復元と研究

20世紀から21世紀にかけて、厳島神社の各建造物は、定期的な調査と復元事業の対象となっています。2012年には本殿の檜皮葺(ひわだぶき)屋根が、2019年には楼門の修復が行われるなど、伝統技法を守りながらの修復が継続されているのです。これらの事業を通じて、現代の職人たちが平安時代の技術を学び、継承していく過程そのものが、日本の文化的営みの象徴となっているのです。


7. 現地情報と観賞ガイド

開館時間と拝観料

厳島神社は、基本的に年中無休で参拝を受け付けています。ただし、拝観時間は季節によって若干異なります。

  • 3月~10月:6時30分~18時00分
  • 11月~2月:6時30分~17時00分

拝観料は以下の通りです。

  • 大人:300円
  • 高校生:200円
  • 小・中学生:100円

宮島内の他の施設(宮島歴史民俗資料館、大願寺など)を含めた共通券も販売されており、複数施設を訪れる場合は割引になります。

アクセス方法

電車・フェリーでのアクセス: JR広島駅から山陽本線で約45分、広島駅から路面電車で約70分で広島電鉄宮島線・広電宮島口駅に到着します。駅からフェリーで約10分で宮島に上陸できます。フェリーは複数の事業者が運行しており、おおよそ15~20分間隔で運行されています。

自動車でのアクセス: 広島市中心部から約50分で宮島口駐車場に到着します。駐車場からはフェリーで宮島へ向かいます。フェリー乗車時に自動車を預けることはできないため、宮島口での駐車となります。

フェリー情報:

  • 宮島フェリー、JR西日本宮島フェリーの2つの事業者が運行
  • 往復料金:大人360円、小児180円
  • 所要時間:約10分

所要時間の目安

厳島神社の参拝だけであれば、1時間程度が目安です。しかし、その歴史と美しさに浸ろうと思えば、3時間から半日の時間を確保することをお勧めします。宮島全体を観光する場合(大鳥居への竹林散策、宮島歴史民俗資料館の見学など)は、丸一日あると十分に堪能できます。

おすすめの見学ルート

推奨ルート:

  1. 表参道商店街を通り、宮島に到着直後は周辺の散策をします(30分)
  2. 厳島神社入口で拝観料を支払い、参拝開始
  3. 楼門をくぐり、社殿全体の全貌を観察(15分)
  4. 本殿・幣殿・拝殿での深い観賞(20分)
  5. 舞台回廊を巡り、細部の装飾を鑑賞(15分)
  6. 大鳥居へは社殿から一度退出し、砂浜から正面を眺める(10分)
  7. 潮が引いている場合、大鳥居近くの砂浜に降りて、間近から構造を観察(15分)

周辺のおすすめスポット

五重塔(重要文化財): 厳島神社から徒歩3分の距離にあり、16世紀に建立された塔。赤と白の鮮やかな配色が特徴で、背後には紅葉谷公園が広がっています。

豊国神社(千畳閣): 社殿から徒歩10分。豊臣秀吉が建立を命じた建物で、広大な畳の床が印象的です。

宮島水族館: 社殿から徒歩15分。瀬戸内海の海生生物を展示する施設で、特にペンギンの展示が充実しています。

宮島歴史民俗資料館: 厳島神社に関する歴史資料や、宮島の生活文化に関する展示が行われています。

紅葉谷公園: 秋の紅葉で知られる公園。春の新緑、夏の青々とした風景も美しく、季節ごとに異なる表情を持ちます。

特別拝観情報

毎年、特定の時期に「夜間特別拝観」が実施されます。期間は通常、ゴールデンウィークと秋の紅葉シーズンで、夜間にライトアップされた社殿を観賞することができます。この時間帯は、昼間とは全く異なる幽玄な雰囲気に包まれ、多くの参拝者が感銘を受けます。

また、正月には特別な儀式が執り行われ、より厳格な参拝の雰囲気が漂います。


8. マナー・心構えのセクション

厳島神社での参拝に際しては、神道の伝統的な作法がいくつかあります。これらは決して窮屈な決まり事ではなく、神社という神聖な空間への敬意を表現する、美しい習慣なのです。

参拝前の作法:

参拝路に入る前に、心を落ち着ける時間を持つことをお勧めします。一呼吸置いて、「ここから先は、神の領域である」という認識を自分の心に刻み込むのです。

楼門をくぐる際:

多くの神社では、鳥居の下で一礼をしますが、厳島神社の楼門の場合も同様です。門をくぐる際に、軽く頭を下げることで、この聖域への尊敬を示すのです。

社殿での参拝:

社殿では、まず二礼(二度、腰を折る)、その後二拍手(手を二度叩く)、最後に一礼(一度、深く頭を下げる)をするのが一般的です。ただし、厳島神社では特別な指示がない限り、この作法に厳密に従う必要はありません。重要なのは、参拝の際に心を込め、社殿に敬意を払う気持ちなのです。

写真撮影について:

厳島神社は、その美しさから多くの撮影愛好家が訪れます。写真撮影自体は許可されていますが、三脚の使用には制限がある場合がありますので、事前に確認することをお勧めします。また、他の参拝者の邪魔にならないよう、配慮する姿勢が大切です。

回廊での行動:

社殿の回廊は、参拝者の導線となっていますが、同時に建築的に貴重な文化財でもあります。足を踏み外したり、手すりに寄りかかりすぎたりすることなく、慎重に歩むことが求められます。

全体的な心構え:

厳島神社を訪れる際の最も重要な心構えは、「感謝の気持ち」を忘れないことです。千年以上の歴史を通じて、多くの人々の努力によって守られてきたこの神社に対して、そして現在それを保存し、管理し続けている人々に対して、深い感謝の念を抱くことが、最高の参拝マナーなのです。


9. 関連リンク・参考情報

公式サイト:

  • 厳島神社公式ウェブサイト(https://www.itsukushimajinja.jp/) 詳細な情報、行事予定、宿泊情報が掲載されています

文化庁関連:

  • 文化庁文化財情報(https://kunishitei.bunka.go.jp/) 国宝・重要文化財の公式情報
  • 日本ユネスコ委員会 世界遺産情報(https://www.mext.go.jp/unesco/)

宮島観光情報:

  • 宮島観光協会(https://www.miyajima.or.jp/) 宮島全体の観光情報、アクセス、周辺施設について
  • 廿日市市公式観光ウェブサイト 宮島地域を含む廿日市市の観光情報

参考図書:

  • 『厳島神社の謎を解く』
  • 『寝殿造の美学:平安貴族の空間設計』
  • 『平清盛と宮島』

画像出典:

 ・Shutterstock


10. 用語・技法のミニ解説

寝殿造(しんでんづくり)

平安時代の貴族邸宅や神社建築で使用された建築様式です。中央に主要な建物(寝殿)を配置し、その周囲に廊舎や付属建築を配置する形式をとります。この様式は、中国の影響を受けながらも、日本の気候風土や美意識に適応させた、非常に洗練された建築形式です。寝殿造の特徴は、自然との調和を重視し、庭園や水景と建物を一体的に設計する点にあります。厳島神社では、この寝殿造の美学が、海という広大な「庭園」と融合した、究極の形で表現されているのです。

極彩色(ごくさいしき)

赤、青、黄、緑など、複数の色をふんだんに使用した鮮やかな色彩表現のことです。平安時代の建築では、社殿や寺院の装飾に極彩色が多用され、木材の自然な色よりも華やかな外観を作り出していました。現在、厳島神社の古い文献や発掘調査から、かつては非常に鮮やかな色彩が使用されていたことが分かっており、当時の建築美の一端を窺わせています。色褪せた現在の社殿も趣深いですが、建立当初はさらに艶やかな美しさを放っていたのです。

透かし彫り(すかしぼり)

木材や石に対して、彫刻を施し、その背後を完全に透すという高度な技法です。厳島神社の欄干や装飾部分に多く見られるこの技法は、光の透過による陰影の美しさと、構造的な軽さをもたらします。透かし彫りは単なる装飾ではなく、建築全体の重量感を減らし、社殿が「浮く」ような視覚効果を生み出す、重要な建築的工夫なのです。

檜(ひのき)

日本建築に最適とされた高級木材です。檜は耐久性に優れ、200年以上の樹齢を持つものが建築に使用されます。檜材の年輪の細かさと、その独特の香りは、古来より神聖性の象徴とされてきました。

塩害対策(えんがいたいさく)

海上に建つ建築物が、塩分による腐食から守られるための技術的工夫のことです。厳島神社では、松材を基礎に用い、定期的に塗装を施し直し、また独特の継ぎ手技法により、水分の侵入を防ぐといった多層的な対策が講じられています。これらの工夫は、平安時代の建築技術としては最先端のものであり、現在でもその有効性が証明されているのです。

潮汐(ちょうせき)

月の引力による、海面の定期的な上下運動のことです。満潮と干潮を繰り返す潮汐は、地球の自転と月の軌道によって決まる自然現象です。厳島神社の場合、潮汐は建築的な設計にも、参拝体験にも深く関わっており、訪問者の時間帯によって全く異なる神社の姿を体験させるという、自然との協働による芸術効果を生み出しています。


おわりに

厳島神社は、単なる観光地や建築物ではなく、千年以上にわたって日本人の心に刻み込まれた、精神的な拠り所です。潮の満ち引きと共に、その姿を変える社殿は、人生の無常性を優雅に体現し、訪れる者に深い思索の時をもたらします。

平安時代の職人たちが、自らの技術と心を込めて作り上げた建築。その後の幾世代にもわたって、それを守り継ぐために努力を重ねた人々。そして現在も、この文化財を世界に発信し、保存し続ける多くの人々の想い—それらすべてが、今この瞬間も、朝日に照らされた朱色の社殿の中に息づいているのです。

厳島神社を訪れるとは、単に建物を見ることではなく、日本文化の深層にある「敬意」と「美」の精神に触れることなのです。次に潮が満ちるとき、あなたもまた、この聖地の足を運び、時を超えた何かとの対話を体験されることを、心からお勧めいたします。その時間が、あなたの人生にもまた、深い意味をもたらすに違いありません。

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